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会 社 概 要
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■ 会社名
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株式会社 sync Japan(シンク・ジャパン) |
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兵庫県芦屋市 |
| ■ 本社営業本部 |
〒550-0006 大阪府大阪市西区江之子島1丁目6−2
奥内阿波座第8ビル3F |
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■ 設立
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2003年10月 |
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■ 資本金
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発行済株式数 1,000株(5,000,000円) (平成17年8月現在) |
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■ 代表者
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代表取締役 植野 匡英 |
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■ 取引銀行
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東京三菱銀行・芦屋支店 |
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| sync Japanのリアルファー(毛皮)専門オートクチュールページ |
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| 『Legende Fourrure』〈レジャンド フリュール〉 |
| をご覧いただき誠にありがとうございます。 |
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| 代表兼エグゼクティブプロデューサーを務めております |
| 植野 匡英でございます。 |
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| 私は、毛皮製造小売業を営む家業の中、生まれ育ちました。 |
| 父方の故郷には生まれた時から毛皮製品を製造する工場を有し、2〜3歳頃より休み時期 |
| になればそこへ行っては毛皮の切り屑の中で飛び跳ねて遊んでおりました。 |
| 日常的に毛皮に触れる生活をしておりましたので、自然と毛皮の柔らかい感触を恋しく想い |
| そして少しでもその感触から離れると寂しく何か落着かない様な感覚になってしまいました。 |
| そして、高校生時分より休みになれば、その工場でアルバイトをさせて貰い、毛皮製品の製 |
| 造方法、そして、毛皮原材料の良し悪しの見分け方などを徐々に、これも自然に身に付けて |
| まいりました。大学に入ってからは、勉学よりも厳しいながらも仕事が非常に面白く感じ、引 |
| き続きその工場に通ったり、各営業店の催事の応援などにお邪魔しお客様のニーズを直に |
| お話しいただいたりさせていただきました。それと同時に、世界中で開催される毛皮原材料 |
| (原皮)のオークションにも同行し、本格的に毛皮原材料の質の検品を学びました。 |
| 年間の使用原材料の確保の為に世界中のバイヤーと競り合い、自分が検品し良品と判断 |
| した材料をより多く獲得する・・・その興奮も未だに続いております。 |
| ロンドン(ハドソンベイロンドン*現在は閉鎖されています)・ノルウェーオスロ・デンマーク |
| コペンハーゲン・フィンランドヘルシンキ・ソビエトレニングラード(現在のロシア、サンクトペテ |
| ルスブルグ)・アメリカシアトル・ニュージャージー・そして日本北海道・・・とあらゆる毛皮オ |
| ークション会場に1年間の内、約半分を海外のオークションで過ごしました。 |
| 大変申し遅れましたが、私の実家の家業とは、毛皮エンバ(ジャパンエンバ株式会社)です。 |
| いや、正確に言えば、でした。一昨年(2003年)、ある事情より私は同社役員を退任し、 |
| 当株式会社sync Japanを新たに設立し、現在に至っております。 |
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| 毛皮製品は、宝石と同様、専門とされておられない方々には、質の見極めはかなり難しい |
| と感じます。実際、良品とうたい粗悪品を比較的安価で販売し、その商品を購入された方々 |
| が、毛皮離れをされたという暗い過去もこの業界にはありました。だからこそ、しっかりとした |
| プロの目で厳選された商品を供給させていただく事が、我々の仕事であると痛感しておりま |
| す。また、エンバ創業者である祖父より常々聞かされていた事があります。エンバ創業時、 |
| 毛皮製品の日本国内の流通が極めて複雑で、何十にも重なる中間マージンの発生により |
| 海外に比べ、同質でも非常に高価になっておりました。 |
| 「いかにお客様に利益をお届け出来るか」がモットーであった祖父は、当時では考えられな |
| い流通=製造小売業(今で言うSPA)を確立したのです。 |
| つまり、いかに良い品を適正価格でお届けするか、なのです。 |
| 私はその精神を受け継ぎ、皆様に価値のある品物を適性にお届けする、その一心で日々 |
| おります。毛皮に関する事、商品の事のみならず、アフターケアに関する事まで、何なりと |
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承ります。何卒、宜しくお願い申しあげます。
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| 長々と最後までお読みいただきありがとうございます。 |